紫式部日記 - - 古日语原文 紫式部日记绘卷

秋の[1]けはひたつまゝに、土御門殿の有樣、いはんかたなくをかし。池のわたりの梢ども、遣水の邊の草むら、おのがじし色づきわたりつゝ、大方の空も艷なるに、もてはやされて、不斷の御讀經の聲々、あはれまさりけり。やう/\凉しき風のけしきにも、例の絶えせぬ水の音なむ、夜もすがら聞き紛はさる。御前にも、近うさぶらふ人々、はかなき物語するを、きこしめしつゝ、惱ましうおぼすべかめるを、さりげなく、もてかくさせ給へり。御有樣など、いとさらなる事なれど、憂き世の慰には、かゝる御前をこそ、尋ね參るべかりけれと、現心をばひき違へ、たとしへなく、よろづ忘るゝにも、かつはあやしき。

まだ、夜深きほどの月さし曇り、木の下を闇きに、御格子まゐりなばや。女官は、いまださぶらはじ。藏人まゐれ。などいひしろふ程に、後夜の鐘うち驚かし、五壇の御修法、時始め、われも/\と、ときあげたる伴僧の聲々、遠く近く、聞きわたされたる程、おどろ/\しくたふとし。觀音院の僧正、ひんがしの對より、二十人の伴僧を率ゐて、御加持にまゐり給ふ足音、渡殿の端の、とどろ/\と、蹈みならさるゝさへぞ、ことことのけはひには似ぬ。法住寺の座主は、馬場のおとど、へんちじの僧都は、文殿などに、うちつれたる淨衣姿まで、ゆゑ/\しき唐橋どもを渡りつゝ、木の間をわけて、かへりいるほども、遙かに見やらるゝ心地してあはれなり。さいさ阿闍梨も、大威徳を敬ひて、腰をかがめたり。人々參りつれば夜も明けぬ。

渡殿の戸口の局に見出だせば、ほのうちきりたる朝の露も、まだ落ちぬに、殿歩りかせ給ひて、御隨身召して、遣水はらはせ給ふ。橋の南なる女郎花の、いみじう盛りなるを、一枝折らせ給ひて、几帳の上よりさし覗かせ給へり。御さまの、いとはづかしげなるに、我が朝顏の思ひ知らるれば、「これ遲くては、わろからむ」と、の給はするにことづけて、硯のもとによりぬ。

女郎花さかりの色を見るからに露のわきける身こそつらけれ

「あなと/\」と、ほゝ笑みて、硯召しいづ。

白露はわきてもおかじ女郎花心からにや色の染むらむ

しめやかなる夕暮に、宰相の君とふたり、物語してゐたるに、殿のうち藤三位の君、簾のつま引きあげてゐ給ひし。年の程よりはいとおとなしく、心にくき樣して、「人は猶心ばへこそ、難きものなめれ」など、世の物語、しめじめとしておはするけはひ、をさなしと、あなづり聞ゆるこそ惡しけれと、恥かしげに見ゆ。うちとけぬ程にて、「多かる野邊に」と、うち誦んじて、立ち給ひにし樣こそ、物語に賞めたる男の心地し侍りしか。かばかりの事の、うち思ひ出でらるゝもあり。その折は、をかしきことの過ぎぬれば、忘るゝもあるはいかなるぞ。

播磨守碁の負わざしける日、あからさまに罷出て後にぞ、碁盤の樣など見給へしかば、華足など、ゆゑ/\しくして、洲濱のほとりの水にかきまぜたり。

紀の國のしらゝの濱に拾ふてふこの石こそは岩ほともなれ

扇どものをかしきを、その頃は人々持たり。

八月廿日あまりの程よりは、上達部、殿上人ども、さるべきは、皆宿直がちにて、階の上、對の簀子などに、皆、うたゝ寢をしつゝ、はかなう遊び明かす。琴、笛の音などには、たど/\しき若人たちの、とねあらそひ今樣歌どもも、所につけては、をかしかりけり。宮の太夫なりのぶ、左の宰相中將種房、兵衞の督、美濃の少將濟政などして、あそび給ふ夜もあり。わざとの御遊は、殿おぼすやうやあらん、せさせ給はず。年來里居したる人々の、中絶えを思ひ起しつゝ、參り集ふけはひ、騒がしうて、その頃はしめやかなることなし。

廿六日、御薫物合はてて、人々にも配らせ給ふ。まろがしゐたる人々、あまた集ひゐたり。上よりおるゝ道に、辨の宰相の君の、戸口をさし覗きたれば、晝寢したまへる程なりけり。萩、紫苑、いろ/\の衣に、濃きこうちぎ上に着て、顏は引き入れて、硯の筥に枕して、臥し給へる額つき、いとらうたげになまめかし。繪に畫きたる物の姫君の心地すれば、口覆を引きやりて、「物語の女の心地もし給へるかな」といふに、見上げて、「もの狂ほしの御樣や。寢たる人を、心なく驚かすものか」とて、すこし起きあがり給へる顏の、うち赤み給へるなど、細かにをかしうぞ侍りしか。大方もよき人の、折からに、又こよくなくまさるわざなりけり。

九日、菊の綿を、兵部のおもとの持て來て、「これ、殿の上の、とり分きていとよう、老拭ひ捨て給へと、のたまはせつる」とあれば、

菊の露わかゆばかりに袖ふれて花のあるじに千代はゆづらむ

とて、かへし奉らんとする程に、あなたに還りわたらせ給ひぬとあれば、ようなさにとどめつ。 その夜さり、御前に參りたれば、月をかしき程にて、はしに、御簾の下より、裳の裾など、ほころび出づる程に、小少將の君、大納言の君などさぶらひ給ふ。御ひとりに、ひと日の薫物とうでて、試みさせ給ふ。御前の有樣のをかしさ、蔦の色の、心もとなきなど、口々きこえさするに、例よりも、惱しき御けしきにおはしませば、御加持ども參るかたなり。騒しき心地して入りぬ。人の呼べば、局におりて、しばしと思ひしかど寢にけり。夜中ばかりより騒ぎたちてのゝしる。

十日の、まだほのぼのとするに、御しつらひ變はる。白き御帳に移らせ給ふ。殿よりはじめ奉りて、公達、四位五位ども、おほくき騒ぎて、御帳の帷子かけ、御座どももてちがふ程、いと騒がし。日ひとひ、いと心もとなげに、起き臥し暮させ給ひつ。御物怪どもかりうつし、限なく騒ぎのゝしる。月ごろ、そこらさぶらひつる殿のうちの僧をば、さらにもいはず、山々寺々を尋ねて、驗者といふ限は、殘なく參りつどひ、三世の佛もいかにか聞き給ふらむと思ひやらる。陰陽師とて、世にあるかぎり召し集めて、八百萬の神も、耳ふりたてぬはあらじと見えきこゆ。御誦經の使、立ち騒ぎ暮し、其の夜も明けぬ。

御帳のひんがし面は、うちの女房參り集ひてさぶらふ。西には、御物のけうつりたる人々、御屏風一雙をひきつぼね、局口には几帳をたてて、驗者あづかり/\のゝしりゐたり。南には、やんごとなき僧正僧都、重りゐて、不動尊の、生き給へるかたちをも、呼び出で現はしつべう、頼みみ恨みみ、聲みなかれわたりにたる、いといみじう聞こゆ。北の御障子と、御帳とのはざま、いと狹き程に、四十餘人ぞ、後に數ふれば居たりける。いさゝかみじろぎもせられず、氣あがりて、ものも覺えぬや。今、里より參る人々は、なか/\居籠められず。裳の裾、衣の袖、ゆくらむかたも知らず、さるべきおとななどは、忍びて泣きまどふ。

十一日の曉に、北の御障子、二間はなちて、廂にうつろひ給ふ。御簾なども、かけあへねば、御几帳をおし重ねておはします。僧正ぎやうてふ、僧都、法務僧都など、さぶらひて、加持まゐり、院源僧都、昨日書かせ給ひし御願書に、いみじき事ども書き加へて、讀みあげ續けたる言の葉のあはれに尊く、頼もしげなる事、限りなきに、殿のうちそへて、佛念じきこえ給ふ程の、頼もしく、さりともとは思ひながら、いみじうかなしきに、人々涙をえ乾しあへず、ゆゝしう、かうなことかたみに云ひながらぞ、えせきあへざりける。

人げ多くこみては、いとど、御心地もくるしうおはしますらんとて、南東面に、出ださせ給うて、さるべき限り、この二間のもとにはさぶらふ。殿の上、讃岐と、宰相の君、くらの命婦、御几帳の内に、仁和寺の僧都の君、三井寺の内供の君も、召し入れたり。殿のよろづにのゝしらせ給ふ御聲に、僧もけたれて、音せぬやうなり。今、一座にゐたる人々、大納言の君、小少將の君、宮の内侍、辨の内侍、中務の君、大輔の命婦、大式部のおもと、殿の宣旨、いと年經たる人々の限りにて、心を惑はしたるけしきどもの、いと理なるに、まだ見奉り馴るる程なけれど、類なくいみじと、心ひとつに覺ゆ。

また、この後のきはに、立てたる几帳の外に、内侍のかみのめのと、姫君の、少納言のめのと、いと姫君の、小式部のめのとなど、おし入り來て、御帳の二つが後の細道を、人もとほらず。行きちがひ、みじろぐ人々は、その顏なども見わかれず。殿の君達、宰相中將かねたか、四位少將まさみちなどをば、さらにもいはず、左宰相中將種房、宮の太夫など、例はけ遠き人々さへ、御几帳のかみより、ともすれば、のぞきつゝ、腫れたる目ども見ゆるも、よろづ恥忘れたり。頂には、うちまきを雪の樣に降りかゝり、おししぼみたる衣の、いかに見苦しかりけむと、後にぞをかしき。

御頂の、御髮おろし奉り、御戒言、受けさせ奉り給ふ程、くれ惑ひたる心地に、こはいかなる事と、あさましう悲しきに、たひらかにせさせ給ひて、後の事まだしきほど、さばかり廣き身屋、南の廂、勾欄のほどまで、立ちこみたる僧も俗も、今ひとよりとよみて、額づく。

ひんがしおもてなる人々は、殿上人にまじりたる樣にて、小中將の君、左の頭中將に見合せて、あきれたりし樣を、後にぞ、人々はいひ出でて笑ふ。けさうなどのたゆみなく、なまめかしき人にて、曉に顏づくりしたりけるを、泣き腫れ、涙にところどころ濡れそこなはれて、淺ましう、其の人となん見えざりし。宰相の君の、顏がはりし給へる樣などこそ、いとめづらかに侍りしか。まして、いかなりけん。されど、そのきはに見し人の有樣の、互に覺えざりしなむ、かしこかりし。

今とせさせ給ふ程、御もののけの、ねたみのゝしる聲などのむくつけさよ。源の藏人には、心譽阿闍梨、兵衞の藏人には、そうそといふ人、右近藏人には、ほうぢうじの律師、宮の内侍の局には、ちそう阿闍梨を預けたれば、もののけに引き倒されて、いといとほしかりければ、ねんがく阿闍梨を召し加へてぞのゝしる。阿闍梨の驗の薄きにあらず、御物怪のいみじうこはきなりけり。宰相の君をき人に、ゑひかうをそへたるに、夜一よ、のゝしり明かして、聲もかれにけり。御物怪うつれど、召しいでたる人々も、皆うつらで騒がれけり。

午の時に空晴れて、朝日さし出でたる心地す。たひらかにおはします、嬉しさの類も無きに、男にさへおはしましける悦び、いかがはなのめならむ。昨日しをれ暮し、今朝の程、朝霧におぼほれつる女房など、皆たちあかれつゝやすむ。御前には、うちねびたる人々の、かゝる折ふし、つきづきしきさぶらふ。殿も上も、あなたに渡らせ給うて、月ごろ、御修法讀經にさぶらひ、昨日今日、召しにて參り集ひたる僧の、布施賜ひ、醫師、陰陽師など、道々のしるしあらはれたる、祿賜はせ、うちには、御湯殿の儀式など、かねてまうけさせ給ふべし。人の局々には、大きやかなる袋、包ども持てちがひ、唐衣のぬひもの、裳ひき結び、螺鈿ぬひ物、けしからぬまでしてひきかくし、「扇もて來ぬか」など、いひ交しつゝけさうじつくろふ。

例の、渡殿より見やれば、妻戸の前に、宮の太夫、春宮の太夫など、さらぬ上達部も、さぶらひ給ふ。殿、出でさせ給ひて、日頃埋もれつる遣水、つくろはせ給ひ、人々の御けしきども、心地よげなり。心の内に、思ふことあらむ人も、唯今は、紛れぬべき世のけはひなる中にも、宮の太夫、殊更にも、笑み誇り給はねど、人よりまさるうれしさの、おのづから色に出づるぞことわりなる[2]右の宰相中將は、權中納言とたはぶれして、對の簀子にゐ給へり。

内より、御佩刀もて參れる。頭中將頼定、今日伊勢のみてぐらつかひ、かへる程、のぼるまじければ、たちながらぞ、たひらかにおはします御有樣、奏せさせ給ふ。祿なども給ひける、その事は見ず。

御臍緒は殿の上、御乳附は橘の三位つき子、御めのと、もとよりさぶらひ、むつまじう心よいかたとて、大左衞門のおもと仕うまつる。備中守宗時の朝臣のむすめ、藏人の辨の女。

御湯殿は酉の時とか、火ともして、宮のしもべ、みどりの衣の上に、白き當色着て御湯まゐる。その桶すゑたる臺など、皆白き覆したり。尾張守近光、宮のさぶらひのおさなる仲信來て、御簾のもとに參る。御廚子に、きよいこの命婦、播磨、とりつぎてうめつゝ、女房二人、大木工右馬、汲みわたして、御瓮十六にあまればいる。薄物の上衣、かとりの裳、唐衣、 釵子さして白きもとゆひしたり。頭つきはえてをかしく見ゆ。御湯殿は、宰相の君、御むかへ湯、大納言の君源遍子、湯卷すがたどもの、例ならず樣異にをかしげなり。

宮は、殿抱き奉り給ひて、御佩刀小少將の君、虎の頭、宮の内侍とりて御先に參る。唐衣は松の實の紋、裳は、かいふを織りて、大海のすりめにかたどれり。腰は薄もの、から草を繍ひたり。少將の君は、秋の草むら蝶鳥などを、白銀して作り輝かしたり。織物は、限りありて、人の心に、しくべいやうなければ、腰ばかりを、例にたがへるなめり。殿の公達ふたところ、源少將まさみちなど、うちまきをなげのゝしり、我れたかう打ちならさんと爭ひ騒ぐ。へんちじの僧都護身にさぶらひ給ふ。頭にも目にも、當るべければ、扇を捧げて、若き人々に笑はる。文よむ博士、藏人辨廣業、勾欄のもとに立ちて、史記の一卷を讀む。弦うち廿人、五位十人、六位十人、二並に立ちわたれり。

夜さりの御湯殿とても、樣ばかりしきりて參る。儀式同じ。御文の博士ばかりやかはりけん。伊勢守致時の博士とか。例の孝經なるべし。又擧周は、史記文帝の卷をぞ讀むなるべし。

七日の程かはるがはる、よろづの物の曇なく、白きおまへに、人のやうだい、色あひなどさへ、けちえんに現れたるを見わたすに、よき墨繪に、髮どもをおほしたるやうに見ゆ。いとどものはしたなくて、輝かしき心地すれば、晝はをさ/\さしいでず、のどやかにて、東の對の局より、まうのぼる人々を見れば、色許されたるは、織物の唐衣同じ袿どもなれば、なか/\麗くて、心々も見えず。ゆるされぬ人も、少しおとなびたるは、かたはらいたかるべき事はせで、唯えならぬ三重五重の袿に、上衣は織物、無紋の唐衣、すくよかにして、重ねには綾薄物をしたる人も、扇などみめには、おどろ/\しくかがやかさで、由なからぬ樣にしたり。心ばへある本文うち書きなどして、云ひ合せたるやうなるも、心々と思ひしかども、齡の程、同じどちのは、をかしと見かはしたり。人の心の、思ひおくれぬけしきぞ、顯著に見えける。裳、唐衣の繍物をば、さるものにて、袖口に、置口をし、裳の繍目に、白がさねの絲をふせて、みのやうにし、箔を飾りて、綾の紋にすゑ、扇どもの樣などは、ただ、雪深き山を、月のあかきに、見渡したる心地しつゝ、きら/\と、そこはかと見わたされず、鏡をかけたるやうなり。

三日にならせ給ふ夜は、宮づかさ、太夫よりはじめて、御産養つかうまつる。右衞門のかみは、お前の事、沈の懸盤白がねの御皿など、詳くは見ず。源中納言藤宰相は、御衣御襁褓、衣筥の折立、入帷子、包覆、下机など、同じもの、同じ白さなれど、しざま、人の心々見えつゝしつくしたり。近江守たかまさは、大かたの事どもや、仕うまつらん。ひんがしの對の、西の廂は上達部の座、北をかみにて二行に、南の廂に殿上人の座は西を上なり。白き綾の御屏風どもを、身屋の御簾にそへて外ざまに立てわたしたり。

五日の夜は、殿の御産養。十五日の月、曇なくおもしろきに、池のみぎは近う、かがり火どもを木の下にともしつゝ、屯食どもたてわたす。あやしき賤男の、さへづり歩くけしきどもまで、色ふしに立ちがほなり。殿守が、立ちわたれるけはひも怠らず、晝のやうなるに、こゝかしこの岩がくれ木のもと毎に、うち群れてをる上達部隨身などやうの者どもさへ、おのがじし語らふべかめることは、かゝる世の中の光の出でおはしましたる事を、蔭にいつしかと思ひしも、及び顏にこそ。そぞろにうち笑み、心地よげなるや。まして殿の内の人は、何ばかりの、數にしもあらぬ五位どもなども、そこはかとなく腰もかがめて行きちがひ、いそがしげなる樣して、時にあひ顏なり。

おものまゐるとて、女房八人、ひとつ色にさうぞきて、髮あげ、白き元結して、白き御盤もて續き參る。今宵の御まかなひは宮の内侍、いともの/\しく、あざやかなるやうだいに、元結ばえしたる、髮のさがりば、常よりもあらまほしき樣して、扇にはづれたるかたはらめなど、いと清らに侍りしかな。髮あげたる女房は、源式部加賀のかみ景のぶがむすめ小左衞門故備中のかみみちときが娘小兵衞左京のかみあきまさが娘大輔伊勢の祭主すけちかが娘大うま左衞門太夫よりのぶが娘小うま左衞門のすけみちのぶが娘小兵部藏人なりちかがむすめ小木工もくのぜう平ののぶよしといひけん人のむすめかたちなどをかしき若人の限りにて、さし向ひつゝゐわたりたりしは、いと、見る甲斐こそ侍りしか。例はおもの參るとて、髮あぐることをこそするを、かゝる折とてさりぬべき人々を、えらせ給へりしを、心憂し、いみじと、愁へ歎きなど、ゆゝしきまでぞ見侍りし。御帳のひんがしおもて、二間ばかりに、三十餘人ゐなみたりし、人々のけはひこそ見ものなりしか。つぎの御膳は、采女どもまゐる。戸口のかたに、御湯殿の隔の御屏風に重ねて、又南向に立てて、白き御廚子一雙、まゐりすゑたり。

夜更くるまゝに、月の隅なきに、采女どもひとり、み髮あげども、殿司、掃司の女官、顏も知らぬをり。みかど司などやうのものにやあらん、おろそかにさうぞきけさうじつゝ、おどろの釵子、おほやけ/\しきさまして、寢殿のひんがしの、渡殿の戸口まで、隙もなくおしこみてゐたれば、人もえ通りかよはず。おものまゐりはてて、女房御簾のもとに出でゐたり。火影にきら/\と見えわたる中にも、大式部のおもとの裳唐衣、小鹽の山の小松原を繍ひたるさまいとをかし。大式部は、陸奧守のむすめ、殿の宣旨よ。太夫の命婦は、唐衣は手もふれず、裳を白がねの泥して、いと鮮に大海にすりたるこそ、掲焉ならぬものから、めやすけれ。辨の内侍の裳に、白がねのぬひものも、松が枝の齡を、あらそはせたる心ばへかど/\し。少將のおもとの、これらには劣りなる、しろがねの箔を、ひとびとつきじろふ。少將のおもとといふは、信濃守すけみつが妹、殿のふる人なり。その夜の、御前の有樣の、いと、人に見せまほしければ、夜居の僧のさぶらふ御屏風をおしあけて、「この世には、かうめでたきこと、まだ、え見給はじ」と、いひ侍りしかば、あなかしこ/\と、本尊をばおきて、手をおし擦りてぞ喜び侍りし。

上達部、座を立ちて、御階の上に參り給ふ。殿をはじめ奉りて碁うち給ふ。かみのあらそひ、いとまさなし。歌どもあり。「女盃」などある折、いかがはいふべきなど、くちぐち思ひこゝろみる。

めづらしき光さし添ふさかづきはもちながらこそ千代もめぐらめ

四條の大納言にさしいでむほど、歌をばさるものにて、つかひよういひのべじなど、さざめき爭ふ程に、こと多くて、夜いたう更けぬればにや。とりわきても指さでまかで給ふ。祿ども、上達部には、女の裝束に、御衣、御襁褓や添ひたらん。殿上の四位は、袷一かさね、六位は、袴一具ぞ見えし。

又の夜、月いとおもしろく、頃さへをかしきに、若き人は、舟に乘りて遊ぶ。色々なる折よりも、同じ樣に裝束きたるやうだい、かみの程、曇なく見ゆ。小大輔、源式部、宮木の侍從、五節の辨、左近、小兵衞、小衞門、うま、やすらひ、いせ人など、はし近く居たるを、左の宰相中將殿、中將の君、誘ひいで給ひて、右の宰相中將兼隆に、棹ささせて、舟に乘せ給ふ。かたへは、すべりとどまりて、さすがにうらやましくやあらむ、と見出だしつゝゐたり。いと面白き庭に、月の光りあひたるやうだいかたちも、をかしき樣なる。北の陣に車あまたありといふは、うへ人どもなりける。藤三位をはじめにて、侍從命婦、藤少將命婦、うまの命婦、などぞ聞え侍りし。詳しくは見知らぬ人々なれば、辟事も侍らんかし。舟の人々も惑ひ入りぬ。殿、いで給ひて、おぼすことなき御けしきに、もてはやしたはぶれ給ふ。贈物ども、品々に給ふ。

藏人少將道雅を御使にて、物の數々書きたる文、柳筥に入れて參れり。やがて返し給ふ。勸學院衆ども、あゆみして參れる、見參の文ども又啓す。返し給ふ。祿ども給ふべし。今宵の儀式は、殊にまさりて、おどろ/\しくのゝしる。御帳の内を覗き參りたれば、かく國の親ともて騒がれ給ひ、麗しき御けしきにも、見えさせ給はず、少しうち惱み、面痩せて、おほとのごもれる御有樣、常よりもあえかに、若く美しげなり。ちひさき燈爐を、御帳の内にかけたれば隈もなきに、いとどしき御色合の、そこひも知らずきよらなるに、こちたき御ぐしは、結ひてまさらせ給ふわざなりけりと思ふ。かけまくもいとさらなれば、えぞ書き續け侍らぬ。大方の事どもは、一日の同じこと、上達部の祿は、御簾のうちより、女裝束、宮の御衣など添へて出だす。殿上人、頭二人をはじめて、よりつゝとる。おほやけの祿は、大袿、衾、腰差など、例の公ざまなるべし。御乳附仕うまつりし橘の三位の贈り物、例の女の裝束に、織物の細長添へて、白がねの衣筥、包なども、やがて白きにや。又包みたる物、添へてなどぞ聞き侍りし。詳しくは見侍らず。

八日。人々、色々さうぞきかへたり。

九日の夜は、春宮權太夫つかうまつり給ふ。白き御廚子ひとよろひに、まゐりすゑたり。こきいと樣異に今めかし。白がねの御衣筥、海浦をうち出でて、蓬莱など例のことなれど、今めかしう細かにをかしきを、とり放ちては、まねび盡すべきにもあらぬこそわろけれ。今宵は、おもて朽木がぎの几帳、例の樣にて、人々は、濃きうち物を、上に着たり。めづらしく心にくくなまめいて見ゆ。好きたる唐衣どもに、つや/\とおしわたして見えたる、また、人の姿も、さやかにぞ見えなされける。こまのおもとといふ人の、恥見侍りし夜なり。

十月十餘日までも、御帳出でさせ給はず、西の傍なる御座に、夜も晝もさぶらふ。殿の、夜中にも曉にも、參り給ひつゝ、御めのとの懷をひき捜させ給ふに、うちとけて寢たる時などは、何心もなくおぼえられておどろくも、いといとほしく見ゆ。心もとなき御程を、わが心をやりてささげうつくしみ給ふも、ことわりにめでたし。あるときはわりなきわざしかけ奉り給へるを、御紐ひき解きて、御几帳の後にて、あぶらせ給ふ。「あはれ、この宮の御しとに濡るゝは、嬉きわざかな。この濡れたるあぶるこそ、思ふやうなる心地すれ」と、喜ばせ給ふ。

中務の宮わたりの御事を、御心に入れて、そなたの心よせ有る人とおぼして、かたらはせ給ふも、まことに、心の中には思ひ居たること多かり。

行幸近くなりぬとて、殿の内を、いよ/\磨かせ給ふ。世にもおもしろき菊の根を、尋ねつゝ掘りて參る。色々うつろひたるも、黄なるが見所あるも、樣々に植ゑたてたるも、朝霧の絶え間に、見わたしたるは、げに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや。まして、思ふことの、少しもなのめなる身ならましかば、すきずきしくも、もてなし若やぎて、常なき世をも過ぐしてまし。めでたきこと、おもしろき事を見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心のひくかたのみ強くて、もの憂く、思はずに歎かしき事のまさるぞ、いと苦しき。いかで今はなほ、もの忘れしなん、思ひ出もなし、罪も深かりなど、あけたてばうちながめて、水鳥どもの、思ふことなげに遊びあへるを見る。

水鳥を水の上とやよそに見む我れも浮きたる世を過ぐしつゝ

かれも、さこそ心をやりて遊ぶと見ゆれど、身はいと苦しかりなんと、思ひよそへらる。

小少將の君の、文おこせたる返り事書くに、時雨のさとかきくらせば、使も急ぐ。「又空の景色も、うち騒ぎてなん」とて、腰折れたることや、書き交ぜたりけん。暗うなりにたるに、たちかへり、いたう霞めたる濃染紙に、

雲間なくながむる空もかきくらしいかにしのぶる時雨なるらむ

書きつらんこともおもほえず。

ことわりの時雨の空は雲間あれどながむる袖ぞ乾く間もなき

その日、新しく造られたる船ども、さし寄せさせて御覽ず。龍頭鷁首の、生ける形、思ひやられて、あざやかに麗し。行幸、辰の時と、まだ曉より、人々けさうじ心づかひす。上達部の御座は、西の對なれば、こなたは例のやうに騒しうもあらず。内侍のかんの殿の御かたに、中々人々の裝束なども、いみじう整へ給ふと聞こゆ。曉に少將の君參り給へり。諸共に、頭けづりなどす。例の、さいふとも日たけなむと、たゆき心どもはたゆたひて、扇のいとなほ/\しきを、また人に云ひたる、持て來なんと待ちゐたるに、鼓の音を聞きつけて、急ぎ參る、さまあしき。

御輿迎へ奉る、船樂いとおもしろし。寄するを見れば、駕輿丁の、さる身の程ながら、階より上りて、いと苦しげに、うつぶし臥せる、なにの、ことごとなる、高きまじらひも、身の程限りあるに、いとやすげなしかしと見る。

御帳の西面に、御座をしつらひて、南の廂の、ひんがしの間に、御倚子を立てたる。それより一間隔てて、ひんがしにはれたるきはに、北南のつまに、御簾をかけ隔てて、女房のゐたる、南の柱もとより、すだれをすこし引きあげて、内侍二人出づ。その日の髮あげ、うるはしき姿、唐繪を、をかしげに畫きたるやうなり。左衞門の内侍御佩刀とる。青色の無紋の唐衣、裾濃の裳、領巾裙帶は、浮線綾を、櫨だんに染めたり。上衣は、菊の五重、掻練は紅、姿つきもてなし、いささかはづれて見ゆるかたはらめ、花やかに清げなり。葡萄染の織物の袿、裳唐衣は、さきの同じこと。いとさゝやかに、をかしげなる人の、つゝましげに、少し包みたるぞ、心苦しう見えける。扇よりはじめて、好みましたりと見ゆ。領巾は、棟だん、夢の樣にも今宵のたつ程、よそほひ、昔天降りけむ乙女子の姿も、かくやありけんとまでおぼゆ。近衞司、いとつきづきしき姿して、御輿の事共おこなふ、いときらきらし。頭中將、御佩刀など執りて、内侍につたふ。

御簾の中を見わたせば、色ゆるされたる人々は、例の青色赤色の唐衣に、地摺の裳、上着は、おしわたして、蘇枋の織物なり。ただうまの中將ぞ、葡萄染を着て侍りし。打衣どもは、濃き薄き紅葉を、こきまぜたるやうにて、中なる衣ども、例のくちなしの、濃き薄き、紫苑色、うら青き菊を、もしは、三重など心々なり。綾ゆるされぬは例のおとな/\しきは、無紋の青色、もしは、蘇枋など、みな五重にて、襲どもは皆綾なり。大海の摺裳の、水の色華やかに、あざ/\として、腰どもは、固紋をぞ、多くはしたる。袿は、菊の三重五重にて、織物はせず。若き人は、菊の五重の唐衣を、心々にしたり。上は白く、青きがうへをば蘇枋、單衣は青きもあり。上薄蘇枋、つぎ/\濃き蘇枋、中に白きまぜたるも、すべて、しざまをかしきのみぞ、かど/\しく見ゆる。いひ知らずめづらしく、おどろ/\しき扇ども見ゆ。

うち解けたる折こそ、まほならぬ形も、うちまじりて見えわかれけれ。心を盡してつくろひけさうじ、劣らじとしたてたる、女繪のをかしきにいとよう似て、年の程のおとなび、いと若きけぢめ、髮の少しおとろへたるけしき。又盛りのこちたきが、我が前ばかり見渡さる。さては扇よりかみの額つきぞ、あやしく人のかたちを品々しくも、下りても、もてなす所なんめる。かゝる中にすぐれたると見ゆるこそ、限り無きならめ。かねてよりうへの女房、宮にかけてさぶらふ五人は、參り集ひてさぶらふ。内侍二人、命婦二人、御まかなひの人ひとり。

おもの參るとて、筑前、左京ひともとの髮あげて、内侍の出で入るすみの柱もとより出づ。是はよろしき天女なり。左京は青色に柳の無紋の唐衣、筑前は菊の五重の唐衣、裳は例の摺り裳なり。御まかなひは橘の三位、青色の唐衣唐綾の黄なる菊の袿ぞ、上衣なんめる。一もとあけたり、柱がくれにて、まほにも見えず。殿、若宮いだき奉り給ひて、御前に出で奉り給ふ。うへ抱きうつし奉らせ給ふ程、いさゝか泣かせ給ふ御聲いと若し。辨の宰相の君御佩刀とりて參り給へり。身屋の中戸より西に、殿のうへおはする方にぞ、若宮はおはしまさせ給ふ。うへ外に出でさせ給ひてぞ、宰相の君はこなたに歸りて、「いと顯證に、はしたなき心地しつる」と、げに面うちあかみてゐ給へる顏、細かにをかしげなり。衣の色も、人よりけに著はやし給へり。

暮れ行くまゝに樂どもいとおもしろし。上達部は御前に候ひ給ふ。萬歳樂、太平樂、賀殿樂などいふ舞ども、長慶子を退出音聲にあそびて、山のさきの道を舞ふ程、遠くなり行くまゝに、笛の音も皷の音も松風も、木深く吹き合せていとおもしろし。

いとよく拂はれたる遣水の、心ゆきたるけしきして、池の水浪立ち騒ぎ、そぞろ寒きに、うへの御袙唯二つ奉り給へり。左京の命婦の、己が寒かめるまゝに、いとほしがり聞えさするを、人々はしのびて笑ふ。筑前の命婦は、古院のおはしましし時、此の殿の行幸はいと度々ありしことなり、其の折かの折など思ひ出でて云ふを、ゆゝしきことも有りぬべかめれば、煩はしとて、ことにあへしらはず、几帳隔ててあるなめり。「あはれいかなりけむ」などだにいふ人あらば、うちこぼしつべかめり。

御前のみあそび始りていとおもしろきに、若宮の聲うつくしうきこえ給ふ。右の大臣、「萬歳樂御聲に合ひてなん聞ゆる」と、もてはやしきこえたまふ。左衞門の督など「萬歳樂千秋樂」と、諸聲に誦して、あるじのおほい殿「あはれさきざきの行幸を、などて面目ありと思ひ給ひけむ。かゝりける事も侍りけるものを」と、醉ひ泣きし給ふ。さらなる事なれど、御自もおぼしたるこそ、いとめでたけれ。

殿はあなたに出てさせ給ふ。うへは入らせ給ひて、右の大臣を御前に召して、筆とりて書き給ふ。宮司、殿の家司のさるべき限り加階す。頭辨して案内は奏せさせ給ふめり。新しき宮の御よろこびに、氏の上達部引き連れて拜し奉り給ふ。藤原ながら門わかれたるは、列にも立たざりけり。次に別當になりたる右衞門の督、大宮の太夫、宮のすけ、加階したる侍從宰相、つぎ/\の人舞踏す。宮の御方に入らせ給ひて程もなきに、夜いたう更けぬ。御輿寄すとのゝしれば出でさせ給ひぬ。

又のあしたに、内の御使朝霧もはれぬに參れり。うちやすみ過して見ずなりにけり。けふぞ始めてそい奉らせ給ふ。殊更に行幸の後とて。

又の日宮の家司、別當、おもと人など、職定まりけり。かねても聞かで、ねたき事多かり。日ごろの御しつらひ例ならずやつれたりしを、あらたまりて、御前の有樣いとあらまほし。年來心もとなく見奉りたまひける御事のうち合ひて、あけたてば、殿もうへも參り給ひつゝ、もてかしづき聞え給ふにほひいと心ことなり。

暮れて月いとおもしろきに、宮の太夫女房にあひて、とりわきたる慶びも啓せさせむとにやあらむ。妻戸のわたりも御湯殿のけはひに濡れ、人の音もせざりければ、此の渡殿の東の妻なる、宮の内侍の局に立ち寄りて、「こゝにや」と案内し給ふ。宰相は中の間によりて、まだささぬ格子のかみ押し上げて、「おはすや」などあれど、出でぬに、太夫の「こゝにや」とのたまふにさへ、聞きしのばんもことごとしき樣なれば、はかなきいらへなどす。いと思ふ事なげなる御氣色どもなり。「我が御いらへはせず、太夫を心ことにもてなしきこゆ、ことわりながらわろし。かゝる所に、上臈のけぢめ、いたうは別くものか」とあばめ給ふ。「けふのたふとさ」など聲をかしう歌ふ。

夜更くるまゝに月いとあかし。「格子のもと取りさけよ」とせめ給へど、いと下りて上達部の居給はんも、所といひながらかたはらいたし。若やかなる人こそ、物の程知らぬ樣に、あだへたるも罪ゆるさるれ。何かあざればましと思へば放たず。

御五十日は霜月の朔日の日、例の人々のしたててのぼり集ひたる、御前の有樣、繪に畫きたる物合の所にぞ、いとよう似て侍りし。御帳の東の御座のきはに、御几帳を奧の御障子より廂の柱まで、ひまもあらせず立てきりて、南面に御前の物は參りすゑたり。西によりて大宮のおもの、例の沈のをしきなり、何くれの臺なりけんかし。そなたの事は[3]見す。御まかなひ宰相の君、讚岐とりつぐ。女房も釵子元結などしたり。若宮の御まかなひは、大納言の君、ひんがしによりて參りすゑたり。小き御臺、御皿ども、御箸の臺、洲濱なども、ひゝな遊びの具と見ゆ。

それより東の間の、廂の御簾すこし上げて、辨の内侍、中務の命婦、小中將の君など、さべい限りぞ取り次ぎつゝまゐる。奧にゐて詳しうは見侍らず。今宵少輔のめのと色ゆるさる。こごしき樣うちしたり。宮抱き奉れり。御帳のうちにて、殿のうへ抱きうつし奉り給ひて、ゐざり出でさせ給へり。火影の御樣けはひ殊にめでたし。赤色の唐の御衣、地摺の御裳、麗くさうぞき給へるも、かたじけなくもあはれに見ゆ。大宮は葡萄染の五重の御衣、蘇芳の御小袿奉れり。

殿、餅はまゐり給ふ。上達部の座は、例の東の對の西おもてなり。いま二所の大臣も參り給へり。はしの上に參りてまた醉ひ亂れてのゝしり給ふ。折櫃物、籠物どもなど、殿の御方より、まうち公達取り次ぎてまゐれる、勾欄につづけてすゑわたしたり。炬火のひかりの心もとなければ、四位の少將などを呼びよせて、脂燭ささせて人々は見る。内の臺盤所にもてまゐるべき、明日よりは御物忌とて、今宵皆急ぎてとり拂ひつゝ、宮の太夫御簾のもとに參りて、上達部御前に召さんと啓し給ふ。きこしめしつとあれば、殿より始め奉りて皆參り給ふ。はしの東の妻戸の前まで居給へり。女房二重三重づつゐわたされたり。御簾どもを、其の間にあたりてゐたまへる人々、よりつゝ卷き上げ給ふ。大納言の君、宰相の君、小少將の君、宮の内侍と居給へり。

右の大臣よりて、御几帳のほころび引きたち亂れ給ふ。さだすぎたりとつきじろふも知らず、扇をとり、たはぶれごとのはしたなきも多かり。太夫かはらけ取りて、そなたに出で給へり。簑山歌ひて、御遊びさまばかりなれどいとおもしろし。其の次の間の、ひんがしの柱もとに、右大將よりて、衣の褄袖口數へ給へるけしき、人よりことなり。醉ひのまぎれをあなづりきこえ、又たれかとはなど思ひ侍りて、はかなき事もいふに、いみじくざれ今めく人よりも、けにこそおはすべかめれ。しか盃の順の來るを、大將はおぢ給へど、例のことならひの千とせ萬代にて過ぎぬ。

左衞門の督「あなかしこ此のわたりに、若紫やさぶらふ」と覗ひ給ふ。源氏にかかるべき人も見え給はぬに、彼の上は、まいていかで、ものし給はん。と聞きゐたり。「三位のすけかはらけとれ」などあるに、侍從宰相立ちて、内の大臣のおはすれば、下より出でたるを見て、大臣醉ひ泣きし給ふ。權中納言すみの間の柱もとによりて、兵部のおもとひこじろひ、聞きにくき戲れごとも殿のたまはず。

恐しかるべき夜の御ゑひなめりと見て、事はつるまゝに、宰相の君にいひあはせて、隱れなんとするに、東おもてに殿の公達、宰相中將など入りて、騒しければ、二人御帳の後に居隱れたるを、取り拂はせ給ひて、二人ながら捕へすゑさせ給へり。「和歌一つ宛仕うまつれ、さらばゆるさむ」とのたまはす。いとはしく恐ろしければきこゆ。

いかにいかが數へやるべき八千歳のあまり久しき君が御代をば

「あはれ仕うまつれるかな」と、ふたたびばかり誦せさせ給ひて、いと疾うのたまはせたる。

あしたづの齡しあれば君が代の千年の數もかぞへ取りてむ

さばかり醉ひ給へる御心にも、おぼしけることの樣なれば、いとあはれにことわりなり。げにかくもてはやし聞え給ふにこそは、よろづの飾りもまさらせ給ふめれ。千代もあえまほしく、御行く末の、數ならぬ心地にだに思ひ續けらる。

「宮の御前きこしめすや、仕うまつれり」と、我れぼめし給ひて「宮の御てゝにて麿わろからず、麿がむすめにて、宮わろくおはしまさず。母も亦幸ひのありと思ひて、笑ひ給ふめり。よい男は持たりかしと思ひためり」と、戯れ聞え給ふも、こよ無き御醉ひのまぎれなりと見ゆ。さることもなければ、騒がしき心地はしながら、めでたくのみ聞きゐさせ給ふ。殿の上聞きにくしとおぼすにや、渡らせ給ひぬるけしきなれば、「送りせずとて、母恨み給はむものぞ」とて、急ぎ御帳の内を通らせ給ふ。「宮なめしとおぼすらん。親のあればこそ子もかしこけれ」とうちつぶやきたまふを人々笑ひきこゆ。

入らせ給ふべき事も近うなりぬれど、人々はうちつぎつゝ心のどかならぬに、御前には、御草子作り營ませ給ふとて、明けたてば、まづ向ひ侍ひて、色々の紙選り整へて、物語の本ども添へつゝ、所々に文書き配る、且は綴ぢ集めしたゝむるを役にて、明し暮す。「何のこもちがつめたきに、かかるわざはせさせ給ふ」ときこえ給ふものから、良き薄樣ども、筆墨などもてまゐり給ひつゝ、御硯を惜しみのゝしりて、ものの隈にむかひさぶらひて、かゝるわざし出づと、さいなむれど、よきつき墨筆など給はせたり。局に物語の本ども、とりに遣りてかくしおきたるを、御前にある程にやをらおはしまいて、あさらせ給ひて、皆内侍のかんの殿に、奉り給ひてけり。よろしう書きかへたりしは、皆ひき失ひて、心もとなき名をぞ、とり侍りけんかし。

若宮は、御物語など、せさせ給ふうちに、心もとなくおぼしめす、ことわりなりかし。

御前の池に、水鳥どもの、多くなりゆくを見つゝ、はらはせ給はぬ先に雪降らなん、この御前の有樣、いかにをかしからんと思ふに、あからさまにまかでたるほど、二日ばかりありてしも雪は降るものか。見所もなきふる里の木立を見るにも、ものむづかしう思ひ亂れて、年來、つれづれにながめあかし暮しつゝ、花鳥の色をも音をも、春秋に行き交ふ空のけしき、月の影、霜雪を見て、その時來にけりとばかり、思ひわきつゝ、「いかにやいかに」とばかり、行末の心細さは、やる方なきものから、はかなき物語などにつけて、うち語らふ人同じ心なるは、あはれに書き交し、少しけ遠きたよりどもを、尋ねてもいひけるを、ただこれを樣々にあへしらひ、そぞろごとに、つれづれをば慰めつゝ、世にあるべき人數とは思はずながら、さしあたりて、恥かし、いみじと思ひしるかたばかり、のがれたりしを、さも殘せる事なく、思ひ知る身の憂さかな。

試みに、物語をとりて見れど、見し樣にも覺えず、あさましく、あはれなりし人の、かたらひし邊も、我れをいかにおもなく、心淺き者とや思ひ落すらんと、推し量るに、それさへいとはづかしくて、えおとづれやらず。心僧からんと思ひたる人は、おほぞうにては、文や散らすらんなど、疑はるべかめらば、いかでかは、我が心のうちあるさまをも、深う推し量らんと、ことわりにて、いとあいなければ、中絶ゆとなけれど、おのづから、かき絶ゆるもあまた住み定まらずなりにたりとも、思ひやりつゝ、音なひくる人も、難うなどしつゝ、すべて、はかなき事にふれても、あらぬ世に來たる心地ぞ、こゝにてしもうちまさり、ものあはれなりける。

ただえさらずうち語らひ、すこしも心とめて思ふ、細やかにものをいひ通ふ、さしあたりて、おのづからむつび語らふ人ばかり、少しなつかしく思ふぞ、ものはかなきや。大納言の君の、よる/\は御前にいと近うふし給ひつゝ、物語し給ひしけはひの戀しきも、なほ世にしたがひぬる心か。

うきねせし水の上のみ戀しくて鴨の上毛にさえぞおとらぬ

返し

うちはらふ友なきころの寢覺めにはつがひしをしぞ夜半に戀しき

書樣などさへいとをかしきを、まほにもおはする人かなと見る。

雪を御覽じて、折しもまかでたる事をなん、いみじく憎ませ給ふと、人々ものたまへり。殿のうへの御消息には、「麿が[4]ととめしたびなれば、殊更に急ぎまかでて、疾く參らんとありしも空事にて、程經るなめり。」とのたまはせたれば、戯にても、さ聞えさせ給はせしことなれば、かたじけなくて參りぬ。

いらせ給ふは、十七日なり。戌の時などききつれど、やう/\夜更けぬ。皆、髮あげつゝゐたる人、三十餘人、その外にも見えわかず。身屋のひんがしおもて、東の廂に、うちの女房も十餘人、南の廂の妻戸隔ててゐたり。御輿には、宮の宣旨、絲毛の御車に、殿のうへ、少輔の乳母、若宮抱き奉りて乘る。大納言、宰相の君こがねづくりに、次の車に、小少將、宮の内侍。次に、馬の中將と乘りたるを、わろき人と乘りたりと思ひたりしこそ、あなことごとしと、いとどかゝる有樣、むづかしう思ひ侍りしか。殿もりの侍從の君、辨の内侍、次に、左衞門の内侍、殿の宣旨、式部とまでは、次第知りて、つぎ/\は、例の、心々にて乘りける。月の隈なきに、いみじのわざやと思ひつゝ、足を空なり。馬の中將の君を、先にたてたれば、行方も知らず、たど/\しき樣こそ、我が後を見る人、恥かしくも思ひ知らるれ。

細殿の三の口に入りて、臥したれば、小少將の君もおはして、なほ、かゝる有樣の憂きことを、語らひつゝ、すくみたる衣どもおしやり、厚肥えたる着重ねて、火取に火をかき入れて、身も冷えにけるものの、はしたなさをいふに、侍從の宰相、左の宰相、中將、公信の中將など、次々に、よりつゝとぶらふも、いとなか/\なり。今宵は、なきものと思はれて、やみなばやと思ふも、人に問ひきき給へるなるべし。「いと晨に參り侍らん、今宵は堪へ難く、身もすくみて侍り。」など、ことかなしびつゝ、こなたの陣のかたより出づ。おのがじし、家路と急ぐも、何ばかりの人にはと思ひおくらる。わが身によせては侍らず。大かたの世の有樣、小少將の君の、いとあてに、をかしげにて、世を憂しと思ひしみてゐ給へるを、見侍るなり。父君よりこと始りて、人の程よりは、幸のこよなくおくれ給へるなんめりかし。

よべの御贈物、今朝ぞ細かに御覽ずる。御櫛の筥のうちの具ども、いひつくし見やらん方もなし。手筥一雙、片つかたには、白き色紙、作りたる御草子ども、古今、後撰集、拾遺集、その部どもは、五帖に作りつゝ、侍從の中納言、延幹と、おの/\草子ひとつに、四卷をあてつゝ、書かせ給へり。表紙は羅、紐、同じからの組、かけごのうへに入れたり。下には、能宣、元輔やうの、古今の歌よみどもの、家々の集書きたり。延幹と近澄の君と書きたるは、さるものにて、これはただけ近うもてつかはせ給ふべき、見知らぬものどもにしるさせ給へる、今めかしう樣異なり。

寛弘五年左大臣 法成寺殿 道長公右大臣顯光内大臣公季 左大將大納言道綱 傅權大納言實資 右大將按察使大納言懷忠 民部卿權中納言齊信 中宮太夫右衞門督十月十六日 正二位中納言公任 皇太后太夫左衞門督中納言時光 彈正尹權中納言隆家權中納言俊賢 治部卿中宮太夫十月從二位權中納言中輔 兵部卿參議有國 勘解由長宮播摩權守行成 左大辨侍 皇太后宮權太夫懷平 春宮太夫左兵衞督伊豫權守輔正 式部大輔八十五兼隆 右近中將正光 大藏卿經房 左近中將近江權守實成 右近中將侍從前師伊周 准大臣給封戸正三位頼通 春宮權太夫從三位兼定 右兵衞督藏人頭左中辨通方左中將頼定左中將經房少將重尹 頼親兼綱 忠經頼宗 公信教通 濟政源雅通 道政 五節は、 二十日にまゐる。侍從宰相に、まひ姫の裝飾などつかはす。右の宰相中將の五節に、鬘申されたる、つかはすついでに、筥一雙に薫物入れて、心葉、梅の枝をさして、いと見えきたり。遽にいとなむ。常の年よりも、いどみましたる聞えあれば、ひんがしのおまへの、むかひなる立蔀に、隙もなくうちわたしつゝ、ともしたる火の光、晝よりもはしたなげなるに、歩み入る樣ども、あさましうつれなのわざやとのみ思へど、人の上とのみ覺えず。ただかう、殿上人の、ひたおもてにさし向ひ、脂燭さしぬばかりぞかし。屏幔ひきおひやるとすれど、大方のけしきは、同じごとぞ見るらんと、思ひ出づるも、先づ胸ふたがる。

業遠の朝臣のよしづき、錦の唐衣、暗の夜にも、ものに紛れずめづらしう見ゆ。きぬがら、みじろぎもたをやかならずぞ見ゆる。殿上人、心ことにかしづく。こなたに、うへもわたらせ給ひて御覽ず。殿も忍びて、遣戸より北におはしませば、心に任せたらずうるさし。中清のは、たけども等しく整ひ、いとみやびやかに心にくきけはひ、人におとらずと定めらる。右の宰相中將のあるべき限りはみなしたり、樋洗のふた整ひたるさまぞ、さとびたりと人ほゝゑむなりし。はてに、藤宰相の思ひなしに、今めかしく心ことなり。かしづき十人あり。又廂の御簾おろして、こぼれ出でたる衣の褄ども、したり顏に思へる樣どもよりは、見どころまさりて火影に見えわたさる。

とがりの日のあした、殿上人まゐる。常のことなれど、月ごろにさとびけるにや、若人たちの珍らしと思へるけしきなり。さるは、摺れる衣も見えずかし。其の夜さり、春宮の亮召して薫物給ふ。おほきやかなる筥ふたつに、高う入れさせ給へり。尾張へは、殿のうへぞつかはしける。其の夜は御前のこゝろみとか、うへに渡らせ給うて御覧ず。若宮おはしませばうち聞きのゝしる。つねにことなる心地す。

もの憂ければ、しばしやすらひ、有樣にしたがひてまゐらんと思ひてゐたるに、小兵衞、小兵部なども、炭櫃にゐて、「いと狹ばければ、はかばかしう物も見え侍らず」などいふほどに、殿おはしまして、「などてかうてすぐしてはゐたる。いざ諸共に」とせめたてさせ給ひて、心にもあらずまうのぼりたり。舞姫どもの、いかに苦しからむと見ゆるに、尾張守のぞ、心地あしがりていぬる夢の樣に見ゆるものかな。ことはてて下りさせ給ひぬ。この頃の公達は、ただ五節所のをかしき事を語る。「簾のはし、帽額さへ、心々にかはりて、出で居たる頭つき、もてなしけはひなどさへ更に通はず、さまざまになんある」と聞きにくく語る。

かゝらぬ年だに、御覽の日の童の心地どもは、おろかならざるものを、ましていかならんなど、心もとなくゆかしきに、歩み竝びつゝ、出で來たるは、あいなく胸つぶれて、いとほしくこそあれ。さるは、とりわきて深う心よすべきあたりもなしかし。我れも我れもと、さばかり人の思ひて、さし出でたることなればにや、目うつりつゝ、劣り勝り、けざやかにも見えわかず。今めかしき人の目にこそ、ふと物のけぢめも見とるべかめれ。ただかくくもりなき晝中に、扇もはかばかしく持たせず、そこらの公達の立ちまじりたるに、さてもありぬべき身の程、心もちゐと云ひながら、人に劣らじとあらそふ心地も、いかに臆すらんと、あいなくかたはらいたきぞ、かたくなしきや。

丹波守の童の、青い白橡の汗衫、をかしと思ひたるに、藤宰相の童は、赤色を着せて、下仕の唐衣に青色をおしかへしきたる、ねたげなり。童のかたちも、一人はいとまほには見えず。宰相の中將は、童いとそびやかに、髮どもをかし。皆濃き袙に、上衣は心々なり。汗衫は五重なる中に、尾張は唯葡萄染を着せたり。中々、ゆゑ/\しく心ある樣して、物の色合、色澤などいとすぐれたる、扇とるとて、六位の藏人どもよるに、心と投げやるこそ、やさしきものから、女にはあらぬかと見ゆれ。我等を彼がやうにて、出でゐよとあらば、又さてもさまよひ歩りくばかりにぞかし、かうまで立ち出でんとは、思ひかけきやは。されど、目に見す/\あさましきものは、人の心なり。されば、今より後の面なさは、ただ馴れに馴れすぎ、ひたおもてならんも、やすしかしと、身の有樣の夢の樣に思ひ續けられて、あるまじき事にさへ思はる。かゝりて、ゆゝしく覺ゆれば、目とまることも例のなかりけり。

侍從宰相の五節の局、宮の御前のかた見わたすばかりなり。立蔀のかみより音に聞く簾のはしも見ゆ。人の物いふ聲もほの聞こゆ。かの女御の御方に、左京、馬といふ人なん、いと馴れてまじりたれと、宰相中將昔見知りて語り給ふを、一夜かのかいつくろひにてゐたりし、ひんがしなりしなん左京と、源少將も見知りたりしを、物のよすがありて、傳へ聞きたる人々「をかしくもありけるかな」と云ひつゝ、いさ、知らず顏にはあらじ、昔心にくだちて、見ならしけむ内わたりを、かゝる樣にてやは出で立つべき。しのぶと思ふらんを、現はさんの心にて、御前に扇どもあまたさぶらふ中に、蓬莱つくりたるをしも選りたる、心ばへあるべし、見知りけんやは。筥の蓋にひろげて、日蔭をまろめて、そろひたる櫛ども、白き物いみして、つまづまを結ひそへたり。少しさだすぎ給ひにたるわたりにて、櫛のそりざまなんなほ/\しきと、公達のたまへば、今樣の樣惡しきまで、つまも合せたるそらしざまして、黒方をおしまろがして、ふつゝかにしり割き切りて、白き紙一重にたて文にしたり。大輔のおもとして書きつけさす。

多かりし豐の宮人さしわきてしるき日蔭をあはれとぞ見し

御前には、「同じくはをかしき樣にしなして、扇などもあまたこそ」と、のたまはすれど、「おどろ/\しからむも、事の樣にあはざるべし。わざと遣すにては、しのびやかにけしきばませ給ふべきにも侍らず。これはかゝる私事にこそ」ときこえさせて、顏しるかるまじき局の人して、これ中納言の君の御局より左京の君に奉らんと、高やかにさしおきつ。引きとどめられたらんこそ見苦しけれと思ふに、走り來たり。女の聲にて、いづこより入り來つると問ふなりつるは、女御殿のと疑ひなく思ふなるべし。

なにばかりの耳とどむる事もなかりつる日頃なれど、五節過ぎぬと思ふ内わたりのけはひ、うちつけにさうざうしき。小忌の日の夜の調樂は、げにをかしかりけり。若やかなる殿上人など、いかに名殘つれづれならん。

高松の小公達さへ、こたみ入らせ給ひし夜よりは、女房ゆるされて、間もなく通りありき給へば、いとはしたなげなりや。さだすぎぬるを效にてぞかくぞふる。五節戀しきなども、殊に思ひたらず、やすらひ、小兵衞などや、その裳の裾、汗衫にまつはれてぞ、小鳥のやうに囀りざれおはさうずめる。

臨時の祭の使は、殿の權中將の君なり。その日は、御物忌なれば、殿御とのゐせさせ給へり。上達部も、舞人の公達も籠りて、夜一夜、細殿わたりいともの騒がしきけはひしたり。つとめて内のおほいどのの御隨身、こ殿の御隨身にさしとらせていにける。ありし筥の蓋に白がねのさうし筥をすゑたり、鏡おしいれて、沈の櫛、白金の笄など、使の君の鬢かかせ給ふべきけしきをしたり。筥の蓋に葦手にうちいでたるは、日かげの返事なめり。

ひかげ草かがやくかげやまがひけんますみの鏡くもらぬものを

文字二つ落ちてあやしう。ことの心違ひてもあるかな、と見えしは、かの大臣の、宮よりと心え給ひて、かうことごとしくしなし給へるなりけりとぞ聞き侍りし。はかなかりしたいふのわざを、いとほしうことごとしうこそ。

殿のうへも、まうのぼりて物御覽ず。使の君の藤かざして、いともの/\しくおとなび給へるを、くらの命婦は、舞人には目も見やらず、うちまもり/\ぞ泣きける。御物忌なれば、御社より、丑の時にぞ還りまゐれば、御神樂などもさまばかりなり。兼時が、去年まではいとつきづきしげなりしを、こよなく衰へたるふるまひぞ、見しるまじき人のうへなれど、あはれに思ひよそへらるゝこと多く侍る。

師走の二十九日參る。はじめて參りしも今宵の事ぞかし。いみじくも夢路に惑はれしかなと、思ひ出づればこよなくたちなれにけるも、うとましの身の程やと覺ゆ。夜いたう更けにけり。御物忌におはしましければ、御前にも參らず。心細くてうち臥したるに、前なる人々の、「うちわたりは猶いとけはひ異なりけり。里にては、今は寢なましものを、さもいざとき履の繁さかな」と、色めかしくいひ居たるを聞き、

年暮れて我が世ふけゆく風の音に心のうちのすさまじきかな

とぞひとりごたれし。

つごもりの夜、追儺はいと疾くはてぬれば、鐵漿つけなど、はかなきつくろひどもすとて、うちとけ居たるに、辨の内侍來て物語して、臥し給へり。内匠の藏人は、長押の下にゐて、あてきが縫ふものの、かさね、ひねりをしへなど、つくづくとし居たるに、御前の方に、いみじくのゝしる。内侍起こせどとみにも起きず。人の泣き騒ぐ音の聞ゆるに、いとゆゝしくものも覺えず。火かと思へど、さにはあらず。内匠の君いざ/\と先におしたてて、ともかうも、宮下におはします。まづ參りて見奉らんと、内侍を荒らかにつき驚かして、三人ふるう/\、足もそらにて參りたれば、裸なる人ぞ二人ゐたる。靱負小兵部なり。かくなりけりと見るに、いよ/\むくつけし。御廚子所の人も皆出で、宮のさぶらひも、瀧口も、儺やらひはてけるまゝに、皆まかでてけり。手を叩きのゝしれどいらへする人もなし。御膳宿の刀自を呼びいでたるに、「殿上に兵部丞と藏人を呼べ/\」と、恥もわすれて口づからいひたれば、尋ねけれど罷出にけり。つらきこと限りなし。式部丞資業ぞ參りて、ところどころのさし油ども、ただ一人さしいれてありく。人々もの覺えず、むかひ居たるもあり、うへより御使などあり、いみじう恐ろしうこそ侍りしか。納殿にある御衣とり出でさせて、この人々に賜ふ。朔日の裝飾は、とられざりければ、さりげもなくてあれど、裸姿は忘られず。恐ろしきものから、をかしうとも云はず。

正月一日、こといみもしあへず、坎日なりければ、わか宮の御戴餅のこと停まりぬ。三日ぞまうのぼらせ給ふ。今年の御まかなひは、大納言の君、裝飾、朔日の日は、紅葡萄染め、唐衣は赤色、地摺の裳。二日、紅梅の織物、掻練に濃き青色の唐衣、色摺の裳。三日は、唐綾の櫻重、唐衣は蘇芳の織物、掻練は、濃きを着る日は、くれなゐはなかに、紅をきる日は、こきをなかになど例のことなり。萠黄、蘇芳、山吹の濃き薄き、紅梅、薄色など、常の色々を一度に六つばかりと、上衣とぞ、いと樣よきほどに侍る。

宰相の君の、御佩刀とりて、殿の抱き奉らせ給へるに、續きてまう上り給ふ。紅の三重五重、みへいつへとまぜつゝ、同じ色のうちたる七重に、ひとへを縫ひかさね/\まぜつゝ、上に同じ色の固紋の五重、袿、葡萄染の浮紋の橿の紋を織りたる、縫ひざまさへかど/\し。三重がさねの裳、あか色の唐衣、ひとへの紋を織りて、し樣もいと唐めいたり。いとをかしげに髮なども常よりつくろひ、まして容體もてなし、らう/\しくをかし。丈だちよき程に、ふくらかなる人の顏いと細かに、にほひをかしげなり。

大納言の君は、いとさゝやかに、小しといふべきかたなる人の、白う美しげに、つぶ/\と肥えたるが、うはべはいとそびやかに、髮たけに三寸ばかりあまりたる裾つき、髮刺などぞ、すべて似るものなく、細やかに美しき。顏もいとらう/\しく、もてなしたるなどらうたげに、なよびかなり。宣旨の君は、さゝやけ人の、いと細やかにそびえて、髮のすぢ細やかに、清らにて、生ひ下りの末ながに一尺ばかり餘り給へり。いと心恥かしげに、きはもなくあてなる樣し給へり。物よりさし歩み出でおはしたるも、煩はしう心づかひせらるゝ心地す。あてなる人は、かうこそあらめと、心樣ものうちのたまへるも覺ゆ。

この次に、人のかたちを語り聞えさせば、物いひさがなくや侍るべき。唯今をや、さしあたりたる人の事は煩はし。いかにぞやなど、少しもかたほなるはいひ侍らじ。宰相の君は、北野三位のよ。ふくらかにいと容體こまめかしう、かど/\しきかたちしたる人の、うち居たるよりも、見もて行くに、こよなくうち勝りらう/\しくて、つらつきに、はづかしげさも、匂ひやかなる事も添ひたり。もてなしいと美々しく、華やかにぞ見え給へる。心ざまもいとめやすく、心美しきものから、またいと恥かしき所添ひたり。

小少將の君は、そこはかとなくあてになまめかしう、二月ばかりのしだり柳の樣したり。容體いと美しげに、もてなし心にくく、心ばへなども、我が心とは思ひとる方もなきやうに物づつみをし、いと世を恥らひ、あまりに見苦しきまで、兒めい給へり。腹きたなき人、惡しざまにもてなし、いひつくる人あらば、やがてそれに思ひ入りて、身をも失ひつべく、あえかにわりなき所そひ給へるぞ、あまりうしろめたげなる。

宮の内侍ぞ、又いと清げなる人。丈だちいとよき程なるが、ゐたる樣、姿つき、いともの/\しく今めいたる容體にて、細かに取りたててをかしげとも見えぬものから、いともの清げにうひ/\しく、なか高き顏して、色のあはひ白きなど人にすぐれたり。頭つき、髮刺、額つきなどぞ、あなもの清げと見えて、華やかに愛敬づきたる。ただありにもてなして、心樣などもめやすく、露ばかりいづかたざまにも後めたき方なく、すべてさこそあらめと、人のためしにしつべき人がらなり。艶がりよしめく方はなし。

式部のおもとは弟なり。いとふくらけさ過ぎて肥えたる人の、色いと白くにほひて、顏ぞいと細かによく侍る。髮もいみじく麗しくて、長くはあらざるべし。つくろひたるわざして、宮には參る。ふとりたる容體の、いとをかしげにも侍りしかな。眸、額つきなど、まことに清げなる、うち笑みたる愛敬も多かり。

若人の中に、かたちよしとおもへるは、小大輔、源式部などいふは、さゝやかなる人の、容體、いと今めかしきさまして、髮麗しく、もとはいとこちたくて、丈に一尺よ餘りたりけるを、おち細りて侍り。顏もかど/\しう、あなをかしの人やとぞ見えて侍る。かたちは、直すべき所なし。源式部は、丈よき程にそびやかなる程にて、顏細やかに、見るまゝにいとをかしく、らうたげなるけはひ、もの清くかはらかに、人のむすめとおぼゆる樣したり。

小兵衞の丞なども、いと清げに侍り。それらは、殿上人の見殘す少なかなり。誰もとりはづしてはかくれなけれど、人ぐまをも用意するに、かくれてぞ侍るかし。

宮木の侍從こそいと細やかにをかしげなりし人。いと小さく細く、なほ童にてあらせまほしき樣を、心と老いつき、やつしてやみ侍りにし。髮の袿に少しあまりて、末をいと華やかにそぎてまゐりたりしぞ、はての度なりける。顏もいとよかりき。

五節の辨といふ人侍り。平中納言の、むすめにして額いたうはれたる人の、眥いたうひきて、顏もこゝはと見ゆる所なく、いと白う、手つき腕つき、いとをかしげに、髮は、見はじめ侍りしすそは、丈に一尺ばかり餘りて、こちたく多かりげなりしが、あさましう分けたるやうに落ちて、裾もさすがに細らず、長さはすこし餘りて侍るめり。

小馬といふ人、髮いと長く侍りし。昔はよき若人、今は琴柱に膠さすやうにてこそ、里居して侍るなれ。かういひ/\て、心ばせぞかたう侍るかし。それもとりどりにいと惡きもなし。又すぐれてをかしう、心重く、かどゆゑも、よしも、後安さも、皆具することは難し。樣々いづれをかとるべきと、覺ゆるぞ多く侍る。さもけしからずも侍ることどもかな。

齋院に、中將の君といふ人侍るなり。聞き侍るたよりありて、人のもとに書き交はしたる文を、みそかに人とりて見せ侍りし。いとこそ艶に、我のみ世には物のゆゑ知り、心深き類はあらじ。すべて、世の人は心も肝も無きやうに、思ひて侍るべかめる。見侍りしに、すずろに心やましうおほやけばらとか、よからぬ人の云ふやうに、憎くこそ思ふ給へられしか。文書きにもあれ、歌などのをかしからむは、我院より外に、誰れか見知り給ふ人のあらん。世にをかしき人の生ひいでは、我が院こそ御覽じ知るべけれ、などぞ侍る。

げにことわりなれど、わが方ざまのことを、さしもいはば、齋院より出できたる歌の、すぐれてよしと見ゆるも殊に侍らず。唯いとをかしう、よし/\しうはおはすべかめる所のやうなり。さぶらふ人を比べていどまんには、この見給ふるわたりの人に、必しも、彼はまさらじを、常に入りたちて見る人もなく、をかしき夕月夜、ゆゑある有明、花のたより、郭公の尋ね所にまゐりたれば、院はいと御心のゆゑおはして、ところのさまはいと世離れてさびたり。またまぎるゝ事も無し。うへにまうのぼらせ給ふ、もしは殿なん參り給ふ。御とのゐなるなど、もの騒がしき折もまじらず。ことつけ、おのづからしる好む所となりぬれば、艶なることどもをつくさん中に、なにの奧なきいひすぐしをかはし侍らん。かういと埋れ木を折り入れたる心ばせにて、かの院に交らひ侍らば、そこにて知らぬ男に出であひ、ものいふとも、人のあうなき名を、いひおほすべきならずなど、心ゆるがして、おのづからなまめきならひ侍りなんをや。

まして若き人のかたちにつけて、年の齡につゝましきことなき、おの/\の心に入りてけさうだち、物をもいはんと好みたちたらむは、こよなう人に劣るも侍るまじ。されど内わたりにて、明け暮れ見ならし、きじろひ給ふ女御后おはせず、その御方かの細殿と、いひならぶる御あたりもなく、男も女も、いどましき事もなきにうちとけ、宮のやうとして、色めかしきをば、いとあは/\しとおぼしめいたれば、少しよろしからんと思ふ人は、朧げにて出でゐ侍らず。心やすくもの恥せず、とあらんかゝらんの名をも惜まぬ人、はた異なる心ばせのぶるもなくやは。

唯さやうの人のやすきまゝに、立ちよりてうち語らへば、中宮の人々埋れたり。もしは用意なしなどもいひ侍るなるべし。上臈中臈の程ぞ、餘り引き入りざうずめきてのみ侍るめる、さのみして宮の御ため物の飾にはあらず。見苦しとも見侍り。これらをかくえりて侍るやうなれど、人は皆とりどりにて、こよなう劣り優る事も侍らず。そのこと疾ければ、かのことおくれなどぞ侍るめるかし。されど若人だに、重りかならんとまめだち侍るめる世に、見苦しうざれ侍らんも、いとかたはならん。ただ大方を、いとかく情なからずもがなと見侍る。

されば、宮の御心あかぬ所なく、らう/\しく心にくくおはしますものを、あまり物づつみせさせたまへる御心に、何とも云ひ出でじ。云ひ出でんも後やすく恥なき人は、世にかたはものとおぼしならひたり。げに物の折など、なか/\なることし出でたる、後れたるには劣りたるわざなりかし。殊に深き用意なき人の、所につけて我れは顏なるが、なまひが/\しきことも、物の折にいひ出だしたりけるを、まだいと幼き程におはしまして、世になう、かたはなりと聞し召しおぼししみにければ、ただことなる咎なくて過ぐすを、ただめやすき事におぼしたる御けしきに、うちこめいたる人のむすめどもは、皆いとようかなひ聞えさせたる程に、かくならひにけるとぞ心えて侍る。

今はやう/\おとなびさせ給ふまゝに、世のあべきさま、人の心の善きも惡きも、過ぎたるも、遲れたるも、みな御覽じ知りて、この宮わたりのことを、殿上人もなにも見馴れて、殊にをかしきこと無しと思ふべかめりと、皆しろしめいたり。さりとて、こころにくくもありはてず、とりはづせば、いとあはづけい事も出で來るものから、なさけなくひき入れたる、かうしてもあらなむとおぼしの給はすれど、そのならひなほり難く、又今やうの公達といふもの、たはるゝかたにて、ある限り皆まめ人なり。齋院などやうの所にて、月をも見、花をも賞づる、ひたぶるの艶なることは、おのづから求め思ひてもいふらん。

朝夕たちまじり、ゆかしげなきわたりに、ただことをも聞き寄せ、うちいひ、もしはをかしき事をもいひかけられて、いらへ恥なからず、すべき人なん、世に難くなりにたるとぞ、人々は云ひ侍るめる。みづからえ見侍らぬことなればえ知らずかし。必ず人の立ちより、はかなきいらへをせんからに、にくいことをひき出でむぞあやしき。いとようさてもありぬべきことなり。これを人の心ありがたしとはいふに侍るめり。などか必ずしも面憎く、ひき入りたらんがかしこからん。又などて、ひたゝけてさまよひさし出づべきぞ。よき程に折々の有樣にしたがひて、用ゐんことのいと難きなるべし。

先は、宮の太夫まゐり給ひて、啓せさせ給ふべき事ありける折に、いとあえかに兒めい給ふ上臈たちは、對面し給ふこと難し。又あひても何事をか、はかばかしくの給ふべくも見えず、言葉の足るまじきにもあらず、心の及ぶまじきにも侍らねど、つゝまし恥かしとおもふに、僻言せらるゝをあいなく、すべて聞かれじと、ほのかなるけはひをも見えじ、外の人はさぞ侍らざなる。かゝるまじらひなりぬれば、こよなきあて人も、皆世に從ふなるを、ただ姫君ながらのもてなしにて、大納言こゝろよからずと思ひたなれば、さるべき人々里にまかで、局なるも、わりなきいとまに障る折々は、對面する人なくて、まかで給ふときも侍るなり、そのほかの上達部、宮の御方に參りなれ、物をも啓せさせ給ふは、おの/\の心よせの人、おのづからとりどりにほの知りつゝ、その人ない折は、すさまじげに思ひ、立ち出づる人々の、事にふれつゝ、この宮わたりのこと「埋れたり。」など、いふべかめるも、ことわりに侍る。

齋院わたりの人も、これをおとしめ思ふなるべし。さりとて、我が方の見所あり。外の人は目も見知らじ、ものをも聞きとどめじと、思ひあなづらんこそ、又わりなき。すべて人をもどくかたは易く、わが心をもちゐんことは難かべいわざを、さは思はで、まづわれさかしき、人をなきになし、世をそらなる程に、心のきはのみこそ見え顯るめれ。いと御らんぜさせまほしう侍りし文書かな。人の隱しおきたりけるを盗みて、みそかに見せて、とりかへし侍りにしかば、ねたうこそ。

和泉式部といふ人こそ、面白う書き交しける。されど、和泉はけしからぬ方こそあれ。うちとけて文走り書きたるに、そのかたの才ある人、はかない言葉のにほひも見え侍るめり。歌はいとをかしきこと、ものおぼえ、歌のことわり、まことのうたよみざまにこそ侍らざめれ。口にまかせたることどもに、かならずをかしき一ふしの、目とまる詠み添へ侍り。それだに人の詠みたらん歌なん、ことわりゐたらんは、いでやさまで心は得じ。口にいと歌の詠まるゝなめりとぞ、見えたるすぢに侍るかし。恥づかしげの歌よみやとは覺え侍らず。

丹波守の北の方をば、宮、殿などのわたりには、匡衡衞門とぞいひ侍る。殊にやんごとなき程ならねど、まことにゆゑ/\しく、歌よみとてよろづの事につけて、よみ散らさねど、聞えたる限りは、はかなき折節のことも、それこそ恥かしき口つきに侍れ。やゝもせば、腰はなれぬばかり折れかゝりたる歌を詠みいで、えもいはぬよしばみごとしても、我れかしこに思ひたる人、にくくもいとほしくも、おぼえ侍るわざなり。

辨清少納言こそ、したり顏にいみじう侍りける人。さばかり賢しだち、眞字書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと堪へぬこと多かり。かく人に異ならんと思ひ好める人は、必ず見おとりし、行く末うたてのみ侍れば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすゝみ、をかしきことも見過ぐさぬ程に、おのづからさるまじく、あだなる樣にもなるに侍るべし。そのあだになりぬる人のはて、いかでかはよく侍らん。

かくかたがたにつけて、一ふしの思ひいで、取るべき事なくて過ぐし侍りぬる人の、殊に行くすゑの頼もなきこそ、慰め思ふ方だに侍らねど、心すごうもてなす身ぞとだに思ひ侍らじ。その心なほ失せぬにや、もの思ひまさる秋の夜も、はしに出でゐてながめば、いとど月やいにしへほめてけむと、見えたる有樣を、催すやうに侍るべし。世の人の忌むといひ侍る咎をも、必ずわたり侍りなんと、憚かられて、少し奧に引き入りてぞ、さすがに心のうちには、盡せず思ひ續けられ侍る。

風の凉しき夕暮、聞きよからぬひとり琴をかき鳴らしては、なげき加はると聞き知る人やあらんと、ゆゝしくなど覺え侍るこそ、をこにもあはれにも侍りけれ。さるは、あやしう黒み煤けたる曹司に、箏の琴、和琴しらべながら、心に入れて、「雨ふる日、琴柱倒せ」などもいひ侍らぬまゝに、塵つもりてよせたてたりし廚子と、柱のはざまに、首さし入れつゝ、琵琶も左右にたて侍り。大きなる廚子一雙に、隙もなく積みて侍るもの、ひとつには、ふる歌物語の、えもいはず蟲の巣になりにたる、むづかしくはひちれば、開けて見る人も侍らず。片つ方に、文どもわざと置き重ねし、人も侍らずなりにし後、手觸るる人もことになし。それらをつれづれせめてあまりぬる時、一つ二つひきいでて見侍るを、女房集まりて、「おまへはかくおはすれば、御さいはすくなきなり。なでふ女が眞字書は讀む。昔は經讀むをだに、人は制しき」と、しりうごちいふを聞き侍るにも、物忌みける人の行く末、いのち長かるめるよしども、見えぬためしなりと、いはまほしく侍れど、思ひ隅なきやうなり。ことはたさもあり。よろづの事、人によりてことごとなり。誇りかにきら/\しく、心地よげに見ゆる人あり。よろづつれづれなる人の、まぎるゝことなきまゝに、古き反古ひき捜し、行ひがちに、口ひびらかし、數珠の音高きなど、いと心つきなく見ゆるわざなりと、思ひ給ふべく、心に任せつべき事をさへ、わが仕ふ人の目の憚り、人につゝむ。まして人の中にまじりては、いはまほしきことも侍れど、いでやとおもほえ、心うまじき人には、いひてやく無かるべし。物もどきうちし、我れはと思へる人の前にては、うるさければ、ものいふ事ももの憂く侍る。殊にいとしも、物のかたがたえたる人は難し。ただ我が心の立てつる筋をとらへて、人をばなきになすめり。それ心よりほかの我が面影を恥づと見れど、えさらずさし向ひ、まじりゐたる事だにあり。しかじかさへもどかれじと、恥かしきにはあらねど、むづかしと思ひて、ぼけられたる人に、いとどなりはてて侍れば、かうは推し量らざりき。

「いと艶に恥かしく、人に見えにくげに、そば/\しき樣して、物語好み、よしめき、歌がちに、人を人とも思はず、ねたげに、見落さんものとなむ、皆人々云ひ思ひつゝにくみしを、見るにはあやしきまでおいらかに、こと人かとなんおぼゆる。」とぞ、皆いひ侍るに恥かしく、人にかうおいそけものと、見落されにけるとは思ひ侍れど、ただこれぞ我が心と、ならひもてなし侍る有樣、宮の御前も、「いとうちとけては見えじとなむ思ひしかど、人よりけにむつまじうなりにたるこそ」と、のたまはする折々侍り。くせぐせしく、やさしだち、恥ぢられ奉る人にぞ、そばめだてられて侍らまし。さまよう、すべて人はおいらかに、少し心おきてのどやかに、おちゐぬるをもととしてこそ、ゆゑもよしも、をかしう後やすけれ。もしは、色めかしくあだ/\しけれど、本性の人がら癖なく、傍のため見えにくき樣せずだになりぬれば、にくうは侍るまじ。

我れはと、くすして、口もち、けしきことごとしくなりぬる人は、たちゐにつけて、われ用意せらるゝ程に、その人には目とどまる。目をしとどめつれば、必ず物をいふ言葉の中にも、きてゐるふるまひ、立ちて行く後でにも、必ず癖は見つけらるゝわざに侍り。物いひ少しうち合はずなりぬる人と、人のうへうちおとしめつる人とは、まして耳も目も、たてらるゝわざにこそ侍るべけれ。人の癖無き限りは、いかで、はかなき言の葉をも聞えじとつゝみ、なげのなさけつくらまほしう侍り。

人すゝみて、にくい事し出でつるは、惡きことを過ちたらんも、いひ笑はんに憚りなうおぼえ侍り。いと心よからん人は、我れをにくむとも、我れはなほ人をおもひうしろむべけれど、いとさしもえあらず。慈悲深うおはする佛だに、三寶をそしる罪は、淺しとやは説き給ふなる。まいてかばかりに、濁り深き世の人は、猶つらき人はつらかりぬべし。それを我れまさりていはんと、いみじき言の葉をいひつけ、向ひゐてけしき惡しうまもり交はすとも、さはあらずもてかくし、うはべはなだらかなるとのけぢめぞ、心の程は見え侍るかし。

齋宮の内侍といふ人侍り。あやしう、こゝろによからず思ひけるもえ知り侍らぬ、心憂きしりうごとの、多うきこえ侍りし。うちのうへの源氏の物語、人に讀ませ給ひつゝ、聞し召しけるに、「この人は日本紀をこそ讀み給ふべけれ。誠に才あるべし」との給はせけるを、ふと推し量りに、いみじうなん才あると、殿上人などに云ひ散らして、日本紀の御局とぞつけたりける。いとをかしくぞ侍る。この故郷の女の前にてだに、つゝみ侍るものを、さる所にて才さかしいで侍らんよ。この式部丞といふ人の、童にて文讀みはべりし時、聞きならひつゝ、かの人は遲う讀みとり、忘るゝ所をも、あやしきまでぞ敏く侍りしかば、文に心入れたる親は、「口惜しう、男子にて持たぬこそ幸なかりけれ」とぞ、常に歎かれ侍りし。

それを、男だに才がりぬる人は、いかにぞや、華やかならずのみ侍るめるよと、やう/\人の云ふも聞きとどめて後、一といふ文字をだに、書きわたし侍らず、いとてづつにあさましく侍り。讀みし文などいひけん物、目にもとどめずなりて侍りしに、いよ/\かゝること聞きしかば、いかに人も傳へ聞きてにくむらんと、恥かしさに、御屏風の上に書きたることをだに、讀まぬ顏をし侍らざりしを、宮の御前にて、文集の所々讀ませ給ひなどして、さるさまの事知ろしめさせまほしげに覺いたりしかば、いとしのびて人のさぶらはぬひま/\に、おとどしの夏の頃より、樂府といふ文一卷をぞ、しどけながら教へたてきこえさせてはべる、隱し侍り。宮もしのびさせ給ひしかど、殿もうちもけしきを知らせ給ひて、御文どもをめでたう書かせ給ひてぞ、殿は奉らせ給ふ。まことにかう讀ませ給ひなどする事、はたかのものいひの内侍は、え聞かざるべし。知りたらばいかに誹り侍らんものと、すべて世の中ことわざ繁く憂きものに侍りけり。

いかにも今は、言忌し侍らじ。人、といふとも、かくいふとも、ただ阿彌陀佛にたゆみなく經をならひ侍らん。世の厭はしき事は、すべて露ばかり心もとまらずなりにて侍れば、聖にならんに、懈怠すべうも侍らず。唯ひたみちに背きても、雲にのぼらぬ程のたゆたふべきやうなん侍るべかなる。それにやすらひ侍るなり。年もはた、よき程になりもてまかる。いたうこれより老いぼれて、はた、めづらにぞ經讀まず、心もいとどたゆさまさり侍らんものを。心深き人眞似の樣に侍れど、今はただ、かゝる方の事をぞ思ひ給ふる。それ罪深き人は、また必ずしもかなひ侍らじ。前の世しらるゝことのみ多う侍れば、よろづにつけてぞ悲しく侍る。

御文にえ書き續け侍らぬ事を、よきもあしきも世にあること、身の上のうれへにても、殘らず聞こえさせおかまほしう侍るぞかし。けしからぬ人を思ひ聞こえさすとても、かゝるべいことや侍る。されどつれづれにおはしますらむ、又つれづれの心を御覽ぜよ。またおぼさんことの、いとかう益なしごと、多からずとも書かせ給へ。見給へん。夢にても散り侍らば、いといみじからむ。みゝも多くぞ侍る。この頃、反古ども皆やりき失ひ、雛などの屋作りに、この春し侍りにし後、人の文も侍らず、紙にわざと書かじと思ひ侍るぞいとやつれたる。こと惡きかたには侍らず。殊更に、御覽じてはとう給はらん。え讀み侍らぬ所々、文字落しぞ侍らん。それは何かは。御覽じ、漏らさせ給へかし。かく世の人ごとのうへを思ひて、はてにとぢめ侍れば、身を思ひすてぬ心の、さも深う侍るべきかな、何せんとにか侍らん。

十一日の曉、御堂へわたらせ給ふ。御車には殿の上、人々は舟に乘りてさしわたりけり。それには後れて、ようさり參る。教化おこなふ所、山?寺の作法うつして大懺悔す。白い塔など、繪にかいて、興じあそび給ふ。上達部、多くはまかで給ひて、少しぞとまり給へる。後夜の御さうし教化ども、説相みな心々、二十人ながら、宮のかくておはします由を、こちかひきしなことはたえて笑はるゝ事もあまたあり。

事はてて、殿上人舟に乘りて、皆漕ぎつづきてあそぶ。御堂の東のつま、北向におしあけたる戸の前、池に造りおろしたる橋の勾欄をおさへて、宮の太夫は居給へり。殿あからさまに參らせ給へる程、宰相の君など物語して、御前なれば、うちとけぬ用意、内も外もをかしき程なり。

月朧にさし出でて、若やかなる公達、今樣歌うたふも、船に乘りおほせたるを、若うをかしく聞ゆるに、大藏卿の、おふな/\まじりて、さすがに、聲うち添へんもつゝましきにや。しのびやかにて居たる、後でのをかしう見ゆれば、御簾の内の人も、みそかに笑ふ。舟のうちにや老いをばかこつらんといひたるを、聞きつけ給へるにや。太夫、「徐福文成誑誕多し」と、うち誦し給ふ聲も樣も、こよなう今めかしく見ゆ。池のうき草とうたひて、笛など吹き合せたる、曉方の風のけはひさへぞ心ことなる。はかない事も、所がら折がらなりけり。

源氏の物語、御前にあるを、殿の御覽じて、例のすずろごとども出できたるついでに、梅の枝に、敷かれたる紙に書かせ給へる、

すきものと名にしたてれば見る人の折らですぐるはあらじとぞ思ふ

たまはせたれば、

人にまだ折られぬものを誰れかこのすきものぞとは口ならしけむ

めざましうと聞こゆ。渡殿に寢たる夜、戸をたゝく人ありと聞けど、恐しさに、音もせで明かしたるつとめて、

夜もすがら水鷄よりけに鳴く/\ぞまきの戸口にたゝきわびつる かへし

紫式部日記 - - 古日语原文 紫式部日记绘卷
ただならじとばかりたゝく水鷄ゆゑあけてはいかにくやしからまし寛弘六年十月四日一條院燒亡十九日 行幸左大臣枇杷殿十一月廿五日第三皇子誕生十二月廿六日中宮入内 今年正月三日まで、宮たちの御戴き餅に、日々にまうのぼらせ給ふ。御供にみな上臈もまゐる。左衞門の督、いただい奉り給ひて、殿、餅はとりつぎて、うへに奉らせ給ふ。二間の東の戸に向ひて、うへの戴かせたてまつらせ給ふなり。おりのぼらせ給ふ儀式、見ものなり。大宮はのぼらせ給はず。今年の朔日、御まかなひ、宰相の君、例は物の色合など、殊にいとをかし。藏人は、たくみ、ひやうご、仕うまつる。髮上げたるかたちなどこそ、御まかなひはいとことに見え給ふ。わりなしや、くすりの女官にて、ふやの博士さかしだち、さいらぎゐたり。膏藥配れる、例の事どもなり。

二日、宮の大饗はとまりて、臨時客、東面とりはらひて、例のごとし。上達部、傳の大納言、右大將、中宮太夫、四條大納言、權中納言、侍從の中納言、左衞門督、有國の宰相、大藏卿、左兵衞督、源宰相、むかひつゝ居給へり。源中納言、左兵衞督、左右の宰相中將は、長押のしもに、殿上人の座の上につき給へり。若宮抱きいで奉り給ひて、例のことどもいはせ奉り、うつくしみ聞こえ給ふ。うへに、いと宮抱き奉らんと、殿の給ふを、いと嫉きことにし給ひて、あゝとさいなむを、うつくしがりきこえ給ひて、申し給へば、右大將など興じきこえ給ふ。

うへにまゐり給ひて、うへ、殿上にいでさせ給ひて、御あそびありけり。殿、例の醉はせ給へり。煩はしと思ひて、隱ろへゐたるに、「など、さてこの御まへの御遊びに召しつるに、さぶらはで、いそぎまかでにける、ひがみたり」などむづからせ給へる。「さるばかり歌一つ仕うまつれ。親のかはりに、はつ子の日なり。よめ/\」と責めさせ給ふ。うちいでんに、いとかたはならん。こよなからぬ御醉ひなめれば、いとど御色合きよげに、火影華やかにあらまほしくて、年ごろ宮のすさまじげにて、ひとところおはしますを、さうざうしく見奉りしに、かくむづかしきまで、左右に見奉るこそ嬉しけれと、大殿ごもりたる宮たちを、ひきあけつゝ見奉り給ふ。「野邊に小松のなかりせば」と、うち誦し給ふ。新しからん事よりも、折ふしの人の有樣、めでたくおぼえさせ給ふ。

又の日、夕つかた、いつしかと霞みたる空を、作りつづけたる軒のひまなさにて、ただ渡殿のうへの程を、ほのかに見て、中務の乳母と、よべの御口ずさみを賞できこゆ。この命婦そ物の心して、かど/\しくは侍る人なれ。

あからさまにまか出て、二の宮の御五十日は、正月十五日、その曉まゐるに、小少將の君、明けはててはしたなくなりたるに參り給へり。例の同じ所に居たり。二人の局を一つに合せて、かたみに里なる程を住む。一度に參りては、几帳ばかりを隔にてあり。殿ぞわたらせ給ふ。かたみに知らぬ人も、かたらはるゝなど、聞きにくく。されど誰も、さるうと/\しきことなければ、心やすくてなん。

日たけてまう上る。かの君は、櫻の織物の袿、赤色の唐衣、例の摺裳着給へり。紅梅に、柳の唐衣、裳の摺目など今めかしければ、とりも代へつべくぞ若やかなる。うへ人ども十七人ぞ、宮の御方に參りたる。いと宮の御まかなひは、橘の三位、とりつぐ人、はしには大輔、式部、内には小少將。帝、后、御帳のうちに二所ながらおはします。朝日の光りあひてまばゆきまで、恥かしげなる御前なり。うへは、御直衣、小口奉り、宮は例の紅の御衣、紅梅、萌黄、柳、山吹の御衣、上には、葡萄染の織物の御衣、柳の上白の御小袿、紋も色もめづらしく今めかしき奉れり。あなたは、いとけさうなれば、この奧に、やをらすべりとどまりてゐたり。中務の乳母、宮いだき奉りて、御帳のはざまより南ざまにゐて奉る。細かにそば/\しくなどはあらぬかたちの、唯ゆるらかに、もの/\しき樣うちして、さる方に人をしつべく、かど/\しきけはひぞしたる。葡萄染の織物の小袿、無紋の青色に、櫻の唐衣着たり。

その日の人の裝束、いづれとなく盡したるを、袖口のあはひわろう重ねたる人しも、御前の物とりいるとて、そこらの上達部、殿上人に、さしいでてまもられつることとぞ、後に宰相の君など、口惜しがり給ふめりし。さるは惡しくも侍らざりき。ただあはひのさめたるなり。小侍從は、紅一重、上に紅梅の濃き薄き、五つを重ねたり。唐衣、櫻。源式部は、濃きに、又紅梅の綾ぞ着て侍るめりし。織物ならぬをわろしとにや。それあながちの事。けさうなるにしもこそ、とりあやまちの、ほの見えたらん側目をも、えらせ給ふべけれ。衣の劣勝はいふべきことならず。

餅參らせ給ふことどもはてて、御臺などまかでて、廂の御簾上ぐるきはに、うへの女房は、御帳の西おもての晝御座に、おし重ねたるやうにて並居たる。三位をはじめて、内侍のすけたちもあまた參れり。

宮の人々は、若人は長押のしも、東の廂の南のざうしはなちて、御簾かけたるに、上臈はゐたり。御帳の東のはざま、ただ少しあるに、大納言の君、小少將の君、ゐ給へる所に尋ね行きて見る。うへは、平敷の御座に、御膳まゐりすゑたり。御前のもの、したる樣、いひつくさん方なし。簀子に北向きに西をかみにて、上達部、左、右、内の大臣殿、春宮太夫、四條大納言、それより下はえ見侍らざりき。御あそびあり。殿上人は、この對のたつみにあたりたる廊にさぶらふ。地下は定まれり。かげまさの朝臣、これかぜの朝臣、ゆきよし、ともまさ等やうの人々、うへに、四條大納言拍子とり、頭の辨琵琶、琴は經孝朝臣、左の宰相中將笙の笛とぞ。雙調の聲にて、「あなたふと」次に「むしろ田」「この殿」などうたふ。ごくの物は、とりの破急をあそぶ。外の座にても、てうしなどを吹く。歌に拍子うちたがへて咎めらる。「伊勢の海」右の大臣、和琴、いとおもしろしなど聞きはやし給ふめりし。はてには、いみじうあやまちのいと惜きこそ、見る人の身さへひえ侍りしか。御贈物笛二つ、箱にいれてとぞ見侍りし。

寛弘七年十一月廿八日遷新造一條院中宮同行啓

寛弘七年

左大臣道長

右大臣顯光

内大臣公季 左力右大將

内大臣伊周 正月廿八日薨三十七

大納言道綱 傅

實資 右大將按察使

權大納言齊信 中宮太夫

公任 皇太后宮太夫

權中納言俊賢 治部卿中宮權太夫十二月廿七日正二位

中納言隆家

權中納言行成 皇太后宮權太夫侍從

頼道 左衞門督春宮權太夫

中納言時光

權中納言忠輔 兵部卿

參議有國 勘解由長官三月十六日修理太夫

懷平 右衞門督 春宮太夫

兼高 右中將

正光 大藏卿

經房 左中辨

實成 右兵衞督

頼定

左中將經房參

公信 藏人從四位内藏頭

教通 從四位上十一月廿八日從三位行幸如元十五

少將濟政 十一月廿五日右中辨

兼綱 從四位下

忠經 藏人正五位下正月廿七日從四位下

定頼 二月十六日如元十二月廿七日正五位下

朝任 藏人從五位下十一月廿五日

頼宗 十一月廿八日正四位下

少將雅通 二月晦日兼木工頭

道雅 從四位下

好親 正月七日從五位上

定頼 任左

朝任 二月廿六日任元少納言任左

經親 二月廿五日任元左衞門佐

伏見官邦高親王  御在判

右以伏見殿邦高親王御正筆之本書寫一校畢

明暦二年二月十八日

小少將

右此日記上下以戸用土佐守安宜所持之本令書寫者也

尤謬誤等多之

天和貳年十一月十四日

  

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